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2014年10月

2014年10月31日 (金)

退院の日から

術後五日目から数日間かけていろんな科の診察や検査を受けて、すべてが終わるめどが立ったところで退院が決まりました。 

退院の日も眼科の診察だけが午後の最後まで残りましたが、その診察も検査の結果が良かったという嬉しい知らせで終わりました。退院後の注意事項を受けたり、学校に届ける診断書をもらったり、全てが終わったところで病院を後にしました。病棟から外来受付まで歩くのにフラフラしましたが、一緒に来てくれた妹が荷物を持ってくれたので助かりました。もっとも、お金を支払う段では覚悟していたとは言え、あんまり高いので別の意味で本当に目が回りそうになりました。クレジットカードが使えて助かりました。これだけの金額、現金で支払うのはちょっと怖いですから。それにカードの方がポイントで多少は戻ってきます。こうなると少しでも戻りがあった方がありがたいですしね。お金が戻るといえば、長年加入していた医療保険からも保険金が下りるのもありがたかったです。まだ、書類を送る前ですけれどね。個室の差額ベッド代がこれで賄えそうです。病院からの帰宅はタクシーにしました。とてもじゃないけれど、バスと電車を乗り継いで帰れないと思いましたので。タクシーでも1時間以上も乗っているのは辛いなと思いましたが、妹も一緒に付き添ってくれました。久々に家に帰り付いて、本当に安心しました。その後夕飯を久しぶりに、母と妹の3人で摂りました。妹が「お姉ちゃんがこうやってご飯食べているのが嬉しいよぉ…」と何度も言ってくれました。母も「本当だね。本当に良かった」としみじみとして言うので、改めて心配かけたなと思いました。同時に、病気休暇が切れるまでには必ず元の体力に戻さなければ、と思いました。 

この日から、自宅療養が始まって今日まで至ります。頭痛やめまい、感覚麻痺は今でも続いていますし、鼻づまりとか鼻水なども悩みの種です。入院中は気が付かなかったこともあります。それは長湯ができないってこと。入院中はシャワーだったので分からなかったのだけれど、湯船にしばらく浸かっていると、鼻の奥に圧力がかかって怖いんですよね…。破裂するんじゃないかと思いました。でもまぁ、これらは時間が解決するのだろうなと思っています。感覚麻痺も縫った痕が痛まなくなったころに、徐々に戻るような気がします。鼻をかんではいけない、というのが当面最も辛いのですが、耳鼻科の先生が毎週診察してくださり、掃除もしてくれるので何とかしのげています。薬も鼻水を抑える薬や抗生物質を症状に合わせて出してくれたので、かなり楽になりました。後は、傷が落ち着くのを待つしかありません。内分泌科の検査結果もちょっと心配ですけれども。それに、ごくまれに下垂体腫瘍って再発することもあるらしいので、それも怖いですけれど、何せ天下の名医がきれいに腫瘍を取り去ってくれたので、まず心配ないだろうと信じています。 

私が頑張ることは、とにかく体力を戻すことだと思っています。少々痛いのは仕方がないけれど、学校で子供たちの前で元気な顔を見せられるようにしたいな…。重いものを持ち上げるのはまだ怖いですけれど、毎日歩く距離を稼いで頑張っています。入院中の出来事はここまでです。まだ治療は続いているので、退院後のことを今度は書いていきます。

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2014年10月30日 (木)

手術後五日目以降②

五日目からは不便なこと、苦痛なことはたくさんありましたが、少しずつ体調も良くなってくるのが自分でも分かりました。

「いくら歩いても構わない」と先生からも言われました。嬉しくてあちこち歩き回りたかったのですが、フラフラ目が回ることも相変わらずでした。なので、いろんな科に受診しに行くときは必ず車椅子でした。一回だけ歩いて行ってみましたが、危なっかしいということですぐにダメ出しされてしまいました。せめて、歩けるところは少しでもたくさん歩こうと思い、水をもらいに行くとか、食事の膳を下げるとか、病棟内をできるだけ歩き回ることを意識しました。それでも立ち上がると目が回るし、体の向きを変えるとふらつくし、なかなか身体は慣れてくれません。病棟の外は車椅子でしたしね。こんな調子が退院まで続きました。 

また、五日目以降はいろんな科の術後受診が目白押しでした。一番回数が多かったのは耳鼻科でした。何せ、下垂体部分の出入り口を開けたり閉じたりしたのは耳鼻科の先生なので、髄液が漏れていないか、手術の痕は順調に回復しているかを毎日のように診てくれていました。鼻の奥にカメラを突っ込まれると痛いので、毎回痛み止めの薬を吹き付けたり、ガーゼで湿布してから調べられました。痛みは抑えられているのですが、何とも言えない不快感は消えなくて毎回嫌な感じはしましたが、カメラの画像がパソコンの画面にも映されていて、私自身に余裕があってうまく見えるときは「鼻の奥ってこうなっているんだな、これがもしかすると傷かな?」と思いながら見ていました。そうすると、痛さとか不快感がまぎれるんですよね。退院後の受診の際も同じようなことが続いています。 

麻酔科の術後診察もありました。「手術中のことって覚えている?」と聞かれましたが、これって、覚えているようじゃまずいんでしょうね。手は動くか、足は動くか、しびれていないかとか聞かれました。口の感覚がおかしいことをこのとき訴えてみましたが「手術したところだからね~」とあっさりスルー。後々考えると、感覚が麻痺しているから傷痕が痛くないのですね。実際今でもそうですが、徐々に回復してくると、痛さもよみがえってくるので、これで良かったということみたいです。 

内分泌科の受診も一度ありました。「きれいに取れているね」と術前と術後の写真を見比べて、感心したように言ってくれましたが「ところで、生理って来そう?」と尋ねられました。そうだった、それもあったなと思いましたが、今のところは何ともないと伝えますと一月後ぐらいに再受診を指示されました。ホルモン分泌のことは何も言ってくれませんでしたが、あんまり変わってないのかもと、ちょっと心配になりました。これは今でも心配かな。生理の方が音沙汰ないですから。腫瘍に取りつかれているうちに年を取ってしまったのかもと、何となく思いますが。 

眼科の検査もありました。術前にも行った視野検査と矯正視力の検査です。これは、自分でも前よりも見えるようになったと実感しました。特に、視野検査の方がです。術前は「あれ?見えない」というのが多くて、技師さんから「見えてないですか?」と念押しされるくらいだったのですが、今回はそんなこともありませんでした。「あ、今の光は違いますよ」と言われるくらいよく見えました。最終日の眼科診察の時にも「術前よりも良くなっています。良かったですね」と言ってもらえ、嬉しかったです。 

頭の痛いのは、退院後も長く続いていて、これは本当に悩みの種ですが、入院中は二種類の痛み止めと湿布剤でしのいでいました。湿布が意外と効くので驚きましたが、皮膚が弱い私にとって、湿布薬は使い続けると湿疹とかぶれのもとになってしまいます。そこで、痛くて眠れなくなる夜、寝る前だけに貼ることにしました。朝起きたらさっさと剥がしてしまい、皮膚を休めるようにしました。それで何とか持ちこたえることができました。

体調が良くなってくると、食欲も日を追うごとに戻ってきました。お腹が空くって、良いことだなと思いましたね。口の半分が麻痺していて食べにくいのは相変わらずでしたが、退院の二日前くらいになると、時間をかければお膳の全部を食べることができるようになりました。少しずつでも元気になってくるのが自分でも分かり、ありがたいなと思いました。

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2014年10月29日 (水)

手術後五日目以降のこと①

術後五日目の朝には、すべての針や管が身体から外れました。本当に晴れ晴れしましたね~。 

まだまだ色々困ることや不便なこと、痛いところはいっぱいありましたが、私がここ1~2日で最も困っていたのは鼻水が止まらないことでした。何せ、鼻にあてたティッシュを一時でも離せないことが何より困りました。トイレに行っても、手を洗っても、一瞬手を外したとたんに滴り落ちるのですからね。困り果てて、考え付いたのはティッシュペーパーを当てた上からマスクをかけることでした。それでしばらくは時間が稼げるので、その間にトイレに行ったり、手を洗ったりできるようになりました。食事だけは本当に困りましたけれどね。うっかりすると、食事の上に滴ってきそうで、常に片手で食べていました。いつも最初にマスクをかけた状態で、すべての料理を箸で細かく切ったり分けたりしてから、口に運びました。左手で皿や茶碗を押さえたり持ち上げたりすることはなるべく避けました。そんな調子なので、食べているうちに面倒になってしまうこともしばしばでした。 

それでも、この日から一番嬉しいと思ったのはシャワーを許可してもらえたことです。診察してもらってから、耳鼻科の先生にも念押しして聞いたら、「シャンプーも洗顔もOKです。でも鼻をかんじゃダメ」と言われました。とは言っても、目が回るのは相変わらずなので、母がいてくれる間の昼間にシャワー浴びちゃおう!と思いました。午後の診察が終わって、もう何も予定がないな、と思ったところでさっそくシャワーです。シャワー付きの個室で良かったと思いましたね。嬉々としてシャワーを浴びましたが、このときに分かったことも結構ありました。まずは、頭皮、顔の皮膚、首、股間など、いろいろな部分の感覚が鈍化していたことです。動作には何の支障もないのですが、痛感とか痒い感じとかが鈍くて、力を入れて洗うには不安な感じがしました。うっかり引っ掻いて傷を作っても分からないかも…と思いましたからね。鼻の辺りを中心として、顔全体が腫れぼったいのも初めて感じました。感覚が麻痺していたのは口だけじゃなかったみたいです。これは、今現在でも続いています。だんだん薄れてはいますが。まあ、不安を感じることもありましたが、自分の手で心置きなく身体を洗えるのは本当に幸せだと思いました。顔も洗えましたし。 

身体を拭いている間や着替えている間にも、鼻が滴ってくるのには閉口しましたけれどね。久しぶりに化粧水や乳液も使えて、本当に生き返りました。更に、看護師さんから「かっこ悪いけれど、綿球を鼻に詰めたらどうかな?マスク掛ければ分からないし」と言ってもらえました。おかげで、この時点から鼻水で困ることがかなり減りました。御飯を両手で食べられるようになったのもありがたかったです。点滴が無くなったこの日から、本当に楽になったなと嬉しく思いました。

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2014年10月28日 (火)

手術後四日目のこと

一旦熱が上がって回復した日を境に、かなり身体が楽になりました。楽になってくると、自分の身体の状態を割と冷静に把握できるようになってきました。微熱は続くし、頭が痛いのや力が入らないのは相変わらずでしたが、吐き気はすっかり影をひそめ、ベッドからトイレまでのわずかな距離ならば、安定して歩けるようになりました。相変わらず洗顔の許可は下りないので、朝は化粧水で拭き取るくらい。食事も、感覚が麻痺しているのと鼻から滴ってくる煩わしさで食べるのが面倒になってくるしで、あんまり進みませんでしたが、久しぶりに美味しいという感覚がよみがえってきました。 

とは言っても、上唇から前歯、口蓋にかけての感覚がないので、前歯で物を噛み切る動作が難しいことが分かりました。麺類も難しかったな…。入院中、うどんが2~3回ほど出ましたが、上唇が麻痺しているとすすれないんですよね。噛み切るのも難しいし。1~2本ずつ手繰るようにして食べましたが、はかどらなくて最初のころはすぐに疲れてしまい、食べるのを放棄してしまっていました。牛乳パックのストローは口の端でくわえないと吸い込めないこと、コップで飲むときも気を付けないと口の端からこぼれてしまうことなど、食事の動作一つ取ってみても、小さな不便さが次から次へと出てきました。私が今まで受け持ってきた子供たちも、こんな不便さを抱えていたのだなと今更ながら思いました。更に鼻が詰まっていて嗅覚が利かないのと、上半分の感覚がないために味もいつもの半分も感じられませんでした。舌だけの感覚では十分に食事を楽しむことってできないんですね。 

食後の歯磨きも、手術翌日の夕食後あたりからできるようになってきました。縫った痕が怖いので、上の前歯辺りは恐る恐るですが、歯磨き粉を付けて磨くことができました。ブクブクうがいが難しくて(これは、今もです)、しっかり口の中をゆすぐことができませんが、それでもすっきりしました。この日は病院も休日で、診察や検査の予定がなく、静かなものでした。看護師さんが「体調が良ければ、午前中は頭を洗いましょう」と言ってくれたのが、とても嬉しかったです。サニタリールームみたいなところまで車椅子で連れて行ってもらい、ちょうど美容院でシャンプーをしてもらうような感じで、洗ってくれました。頭皮がかさぶただらけなので、ゴシゴシ洗うわけにもいかず、そっと撫でるように洗ってくれただけでしたが、頭にお湯をかけてもらえるだけで本当に気持ち良く、ようやく人間らしい生活に戻れた気がしました。午後は身体を拭かせてもらえたので、更にさっぱりしました。早くお風呂に入りたいなと、つくづく思いましたけれども。 

この日の夜、「抗生剤の点滴はこれ一本で終わりです。もう一つの方ももう一本入れたら終わりますからね。明日には針を抜きますよ」と言ってもらえました。これで一つ煩わしさから解放される、と思いました。一つずつ、日を追うごとに点滴や制限から解放されることが本当に嬉しく思えました。

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2014年10月27日 (月)

手術後三日目のこと

前日、重症者用の個室から一般用の個室に移りました。頭が痛くて氷枕や鎮痛剤、眠剤でしのぎながら夜を過ごしました。夜が明けると頭も痛いけれど、妙に体がだるくて変な気分でした。顔や手を拭いてもなんだかボーっとするし、関節が痛いし、変だなと思いながらベッドのリクライニングを起こしました。 

朝食が届いて、今日こそはちゃんと食べれるかもと思いましたが、全然ダメ。水分が欲しくて牛乳と果物、お茶だけはもらいましたが。だんだん寒気までしてきました。もう要らないや、片付けたいけれど力が出ないよ、ナースコール、手に取るのもめんどくさいなと思っているうちに母と妹が来ました。二人とも、私が真っ青な顔をしていたので大層驚いたみたいです。さっさと看護師さんを呼んでくれて、検温したら38度ちょい。手術後、常に37度台の微熱が続いていたのですが「やっぱり熱が出てきましたね」と、予想していたように言われました。掛け布団を増やしてくれて、ようやく寒気が収まりました。先生も来てくれましたが、さほど心配することもないらしく、とにかく腫瘍はきれいさっぱりとれたこと、頭が痛いのは要するに怪我と首の捻挫や肩こりから来るものだということで…。ホントかしらと疑いたくなりましたが、当初の予定を遥かに超えて長い時間かけてきれいに腫瘍を取り除いてくれたのだということが、CTやMRの画像からよく分かりました。 

その後、母や妹から改めて手術当日の話を聞くと、2時間半で手術が終わると聞いていたので、最初の頃こそ気楽にしていたみたいですが、お昼を過ぎてもいつまで経っても私は帰ってこなくて、連絡もなく、本当に生きた心地がしなかったそうです。今か今かと待っているうちに食事も摂り損ねそうになったようだし、食べても全然美味しくなかったようだし、本や新聞を読んでも頭に入ってこなかったと妹は言っていました。「暗くなってくると、心細くなってくるしさ」…。そうだったのかと、改めて心配かけたな、申し訳なかったとつくづく思いました。主治医の先生に呼ばれたときは、本当に怖かったそうです。でも、きれいに腫瘍が取れたこと、難しいところに腫瘍が入り込んでいたので、ものすごく時間がかかったけれど、結果的には成功だったことも聞かされ、心の底からホッとしたようなことを言っていましたしね。もっとも一旦、ホテルに引き上げる際には「出血があると、あっという間に失明してしまう。その時は承諾を得ている暇はないので即刻開頭手術します」とも言われたそうで、私が知らないところで本当に心配させてしまったみたいです。 

術後三日目。食欲も大してなく、熱まで出てしまいましたが、午後にはかなり元気になりました。同僚の先生が会いに来てくれたのも私に元気と力をくれました。この日は試しに新聞も読んでみましたが、読みやすく感じたのに驚きました。近眼が治ったわけじゃないのですが、すごく楽になったのです。先生は、目のことを何より心配していたみたいですが、手術後明らかに変わったのは視界だったような気がします。術前はやはり見え辛かったのだと初めて分かりました。

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2014年10月26日 (日)

手術後二日目のこと

昨日の耳鼻科診察で鼻から詰め物が無くなってすっきりするかと思いきや、今度は鼻の奥の止血剤がどんどん溶けて鼻から出てくるようになりました。仰向けに寝ていると喉に止血剤が下りてくるし、起き上がれば鼻から滴ってきます。それこそ、止めどなくです。鼻をかんではいけない、拭くだけ、というのは大変不便なことでした。 

それでも、二日目になると吐き気は治まってきました。この吐き気、先生に言わせると血液を知らずに飲み込んでしまったからで、心配は要らないんだそうで…。この日もほとんど食事はのどを通りませんでしたが、点滴のスタンドにつかまればゆっくり歩けるようになりました。で、二日目の昼過ぎから重症者用の病室から、元いた病室に戻ることができました。ベッドから起き上がって改めて見回すと、枕が血まみれなのでびっくりしました。要するに、頭が傷だらけだったのです。手術中、絶対に頭が動かないように固定されていたため、抑えられていた部分が傷になっていました。恐る恐る頭皮に手をやって探ってみると、これはかさぶたかな?これはまだ生傷かな?と思われるものもありましたし、絆創膏も髪の毛に貼り付いていました。 

元いた個室に戻ってありがたかったのは、トイレが部屋内にあることでした。トイレに行くたびに看護師さんを呼ぶのも車椅子なのも煩わしかったですから。これならば、ゆっくり点滴用のスタンドにつかまりながら歩けばすぐにトイレです。それが何より嬉しかったです。でも、立っていられるのはわずかな間でした。頭痛とめまいでほとんどの時間はベッドの上で過ごしてました。で、鼻から滴ってくるので四六時中ティッシュで鼻を押さえていて、あっという間にボックスティッシュが空になってしまいました。それでも元の部屋に戻れたことで気持ちが少しシャンとしてきました。手術以来、顔もまともに洗っていないのも気持ち悪くなってきて、と言ってもお辞儀の姿勢をとると顔と頭が圧迫されるようで気持ち悪いし、看護師さんも「もう少し待って」と言うので、拭き取りようの化粧水で顔を拭いてすっきりすることにしました。取り出している間にも、拭いている間にも鼻から滴ってっ来るのには参りましたけれど、まあ、人心地付きました。身体も拭かせてもらえたし。 

でも、他には何もできない日でした。昼間眠って昼夜逆転してしまうことは避けたかったので、身体を起こしていましたが、何せ頭が痛いので、もたれかかってボーっとしていました。テレビも見たくないし、字も読みたくないし。御飯も、食べているうちに疲れてしまってほとんど食べれないし。食べていると鼻が滴ってくるし。手が3本無いと御飯も食べられないなあとがっくりしました。この日もまだまだダメな日でした。

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2014年10月25日 (土)

手術翌日のこと

手術後の夜はウトウトしては覚め、またウトウトしては覚め…の繰り返しでした。目が覚めている間は、粘ついて渇ききった口の中と、痛む頭に悩まされ続け、時間がとてつもなく長く感じられました。窓の外が薄明るく感じられるようになると少し気分が変わりました。 

巡回に来た看護師さんに水を飲ませてもらうと、更に頭がしゃっきりするような気がしました。何時間か経った頃、起床時刻を知らせる放送が聞こえました。しばらくしてから熱いお絞りをもらいましたが、鼻にあてたガーゼや両手につながっている点滴やコードが邪魔でどうしたものだろう?と考えているうちに、なんと普通の朝食の盆が届きました。え!?食べていいの?とびっくりしましたが、「ええ、食事制限は出ていません。」とのこと。でも、寝た姿勢のままじゃ食べられません。起きてもいいかと尋ねると、それはダメなんだそうで…。困ったなと思っているうちに、妹と母が来てくれました。事情を察した妹が介助してくれて、お絞りを使うことも、食事にありつくこともできました。とは言え、口が渇いて水分は欲しいと思いましたが、食べようという気はほとんど起きませんでした。パンとかおかずは一口二口くらい。冷たい牛乳とパイナップル、お茶がとてもありがたく美味しく感じられました…。口の上半分の感覚がほとんど麻痺していて、ストローを使うことも難しいくらいで、この手術翌日の食事はほとんど摂れてなかったような気がします。 

歯を磨くのも怖かったので口をゆすいだ後、しばらくしてから術後二度目のCTとレントゲンに呼ばれました。またしてもベッドごとの移動です。体にいろんな管がつながっているので移動はお任せ状態でした。だから、楽かと言えばそうでもなかったみたいです。寝たままあちこち動いているうちにすっかり乗り物酔いみたいになってしまい、朝食で食べたものを全部戻してしまう羽目になりました。一旦は上向いた気分がまた下がってしまいました。でも、その日の午後から起き上がってもよい、尿管も外れるので少しずつ歩いてもよいということになりました。トイレに行って良いというのがとてもうれしく思いましたね。昼食後、しばらくしてから看護師さんが身体をきれいに拭いてくれました。トイレは車椅子で連れて行ってもらいましたが、それでも随分さっぱりしました。これで、鼻がすっきりすればなぁと思いましたけれどね。ところが気分が上向いたかと思うと強烈な吐き気に襲われて、ほとんど何も食べていなかったので胃液を吐いてしまい、そこでもともと無かった体力を消耗してしまいました。すかさず呼ばれたMRI検査には車椅子に乗る気力もなく、またしてもベッド移動という情けなさでした。 

その後夕方遅く、耳鼻科の診察がありました。鼻の中には止血剤とかガーゼとか細い管とかが一杯詰め込まれていたようで、その上から幾重にも折り畳んだガーゼが当てられていました。で、鼻から始終出てくる血とか薬などを受けていたみたいですね。鼻の管とかガーゼを外して、傷口の様子を診てくれました。「止血剤が溶けて出てくるけれど、びっくりしないでね」と一言言われました。びっくりはしないけれど、この時から本日ただ今までも続いている鼻水・鼻づまり地獄が始まりました!主治医の先生からも看護師さんを通して「鼻をかんだりすすったりせず、出てきたらティッシュで拭いてください」との指示があったので、これはこれで困る!と思いました。更に遅くなってから、主治医の先生も来てくださり、「丸一日経ったので、もう出血などの心配はなくなりました」「御飯も頑張って食べれば、点滴も外れるから」と、嬉しいことを言ってくれました。…とは言っても、ちゃんと食事が摂れるようになったのは随分後のことでした。

気持ち悪さと苦痛に苛まれた手術翌日は過ぎていきましたが、あまりに身の回りのことができなくて、この日の晩は母に頼み込んで泊まってもらいました。早く、せめて自分のことができるくらいまで回復したいと思いましたね…。ホント、情けないくらい不便でしたもの。

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2014年10月23日 (木)

手術当日

前夜、眠れない~!と思っていたら、いつの間にか朝が来ていました。起床時刻より多少早かったのですが、口が渇いていたので指定時刻前にもう一度と、麦茶を飲んだり、歯を磨いたりして身支度していました。この後、何時間も水が飲めないので、今のうちに飲んでおこうとも思いましたしね。母は随分早く、病室に来てくれました。妹も頑張って早く来てくれました。二人の顔を見られてちょっと安心しました。 

手術用のスタイルになって(ガウンと弾性ソックス姿で)待っていると、病棟の看護師さんが迎えに来てくれました。前々日に買ったT字帯とメガネケースを預かってもらい、いよいよ手術室へ出発です。主治医の先生も一緒の道行きで、かえって緊張しましたが、手術室の前室で昨日挨拶に来てくれた看護師さんがニコニコと出迎えてくれたのでホッとしました。他にも手術を控えている患者さんが何人かいらっしゃったので、多分気持ちは一緒だろうなと思いながら、アルコールで手を消毒しました。そして、案内されるままに手術室へと向かいました。やっぱり怖かったですよ。メガネを預けて、後頭部をちょっとバリカンで剃って!、「はい、ここに寝てください」とかなんとか言われたような気がします。手術自体も怖かったけれど(もし、手術中に大地震とか来たらどうなるんだろう?)と、変なことまで心に浮かんできてしまいました。もし地震が…!というのは、ずっと心に引っかかっていましたけれどね。ドキドキしながら手術台(って言うのかな?)に横になると、モワモワの上掛けみたいなのをかけられました。ほんわり暖かくて、緊張が解れたような気がしました。上掛けの下から器用に手術着を引き抜かれ、点滴の針を入れられてから「薬が入ります。ふわふわっとした気分になりますよ」と言われました。本当だ~、と思っているうちに記憶が途絶えました。 

目覚める直前に夢を見ていたような覚えがあります。次の瞬間「手術終わりましたよ!!」「分かりますか?」「見える?」「この指、何本?」「お名前、言ってください」「ここはどこか分かりますか?」と立て続けに質問を浴びせられました。「目は見えますか?」と何度も聞かれました。しっかり答えたくても、口が渇ききって、しかも粘ついていて、のども痛くて声がうまく出ませんでしたが、必死に「近眼でぼやけているけれど普通に見える」「頭がすごく痛い」の二つを訴えました。主治医の先生が「手術が終わった途端に尿崩症になっちゃった」「頭痛い?!う~、悪い方に連想しちゃうよ!!」と言っているのが聞こえましたが、意味を考えている暇もなく、私は手際よくストレッチャーに移されました。「今からCTを撮るからね。目は開けててよ。少しでも目がかすんで来たり、見えなくなってきたらすぐに言って」と何度も言われました。必死に頷きましたが、移動中も検査中もすごく寒くて、歯がガチガチ鳴りました。ベッドに移され、ベッドごと重症者用の病室に運ばれたころには寒いのも治まりましたが、頭は痛い、口は粘ってしかも乾ききっている、のどがすごく痛い、と不快感がいっぱいでたまりませんでした。点滴の管や酸素マスク、尿管など諸々を調整してくれていた看護師さんに時刻を尋ねると、もうすぐ7時だとのこと。ほぼ丸一日、手術にかかってしまったことにびっくりしました。 

ようやく落ち着いた頃に、母と妹が病室に入ってきました。二人とも「良かった」と何度も言って喜んでいましたが、その「良かった」の意味が分かったのはもう少し後のことでした。当時の私はあちこち痛いのと、口が渇いてたまらないので頭が一杯でした。何せ鼻が塞がれているので完全に口呼吸です。酸素マスクも鬱陶しいし、口はカラカラ。妹が看護師さんに伝えてくれましたが、6時間経たないと飲めないということで、うがいだけさせてもらいました。一瞬だけれど口が潤ってありがたかったです。その後、看護師さんが来るたびに口をゆすがせてもらいました。母と妹が一旦引き上げた後、時刻は分からなかったけれど、「お水、飲んでみますか?」と言ってもらえた時は嬉しかったですよ。消灯過ぎていたので、給水器の水ではなく、常温の水道水でしたが、とても美味しく思えました。 

この後、ウトウトしつつも熟睡はできず、長い長い夜を過ごしました。点滴に痛み止めも入っていたみたいですが、あまり効いた気もしなかったし。今思い返しても辛かったな、という感じしか思い出せません。今までの人生で一番辛くて長い夜だったような気がしました。

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2014年10月22日 (水)

手術前日

入院して二日目は、手術の前日。何だか、緊張しまくりの怖い一日でした。 

入院当日も、病棟の看護師さんから手術で必要なものの説明があり、売店で入手したり荷物をまとめたりして準備していたのですが、前日になると手術用のガウン(パジャマじゃないんです)や、弾性ソックス(エコノミー症候群の予防のためだそう)なども届けられてきました。更には「私、手術室の担当看護師です」なんて方も挨拶に来られ、「8時30分には手術室に入っていたいので、20分くらいまでには準備して待っててね~」と、説明してくれました。ちょっと気が楽になりましたが、やはり怖いですね。 

この日は、耳鼻科と麻酔科の診察がありました。下垂体腫瘍の手術は、耳鼻科の先生と脳外科の先生が協力して行うものだそうです。上歯茎の付け根から切るにしても、下垂体への入り口が鼻の奥(顔の真ん中?)だからだそうで。想像するだけで怖くなるのですが、この日は鼻の中を丹念に診ただけでした。「鼻、詰まっている?」なんて言われて、恥ずかしかったですが、しょうがないです。「術後にまた診察します」の一言で終わりました。麻酔科では、診察の前に小冊子やタブレット端末を渡され、全身麻酔の方法や危険性など大変わかりやすく(!)説明してくれました。だからと言って恐怖感が減るわけじゃなく、むしろ怖いのですが、ここまで来ると腹が決まるというか、気持ちが穏やかになりました。 

その晩のこと。夕食が終わるか終らないかの時間に、主治医の先生が病室に来ました。簡単な診察の後、「術中、頭が動くとすごく危険なので、固定するから後で首とか頭とか痛くなる(要するに怪我する)かもしれない」とか、「脳波をとるために後頭部に十円禿を作る」とか、あんまり有難くないことを事前に知らされました。「夜は、睡眠導入剤をもらって、ちゃんと寝てください」とも言われました。 

そう言われると、かえって緊張して眠れなくなるものです。シャワーも済ませ、薬も飲んでしまうと「いよいよ明日だ」と思い…。翌朝の6時以降が飲水禁止なので良いのだけれど、緊張すると口も渇き、水ばかり飲んでいました。長い長い、手術前夜でした。

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2014年10月21日 (火)

退院して一週間以上経ちました

少しずつ体を慣らしていきたくて、近所の無人販売のお花屋さん、父のお墓参りと、徐々に歩く距離を伸ばして頑張ってきました。 

早くは歩けないし、途中で目が回るし、頭も痛いしで、まだまだ体力的には戻ってないなと実感しますが、元気になってきたなとありがたく思えるようになってきました。先日は思い切って、手術前にお祓いをしてもらった神社まで行ってお参りしてきました。本殿前に神饌米とお清めの塩、御守があったので、御礼の意味も込めて三つ分の賽銭も置いてきました。入院前の体調が悪くなってからずっと、自室の掃除もろくにしていませんでしたが、簡単な片付け仕事もできるようになってきました。重い物を持ち上げることができないので本当に手抜き掃除で、すぐ疲れてしまうのですが、それでも動けるようになってきたことが分かり、嬉しくなりました。 

神社までの往復で目が回って疲れるのは情けないですが、この距離を楽々歩けるようになればかなり体力が回復したことになるんじゃないかと、目途もつきました。少しずつ働けるようになりつつあるのが嬉しいです。早く早く!!と焦る気持ちもありますが、少しずつ慣らしていこうと思います。早く元気になりたいです。

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再入院した日のこと

今回の入院は、今度こそ手術のための入院です。このころには、体調の悪さ頭痛のひどさもマックスになったため、公共の交通機関を乗り換えて大学病院まで行く気力が私にはもうありませんでした。なので、もったいないと思いながらタクシーを頼んで、自宅から病院まで運んでもらうことにしました。

前回、検査入院していたので要領はよく分かり、手続きはさっさと終えることができました。とは言うものの、病室に収まるころにはぐったりでした。この日は、MRIやCTを撮ることが分かっていたのでさっさと着替えて、待っていました。待ち時間、大変長かったです。その間に、検査の説明とか、検査のデータを研究材料にしてもよいかという同意書のサイン(この辺りが大学病院らしいですね)、入院するときのお約束みたいな採血・レントゲン検査などがありましたが、結局夕方まで待たされました。手術の時にT字帯が要るというので、3時くらいに看護師さんに「買い物に行ってきてもいいかしら?」と尋ねると、「良いよ、多分まだまだお呼びはないと思う」とのこと。のんびり売店まで行って、T字帯と夕刊、麦茶も買ってきました。 

病室に戻ったところで、「ちょうど良かった、今、CTに呼ばれましたよ♪」と言われ、たった今戻ってきた廊下を戻って検査室まで行きました。CTの受付で「終わったところでMRもやります」と言ってくれたので、これで今日のお勤めは終わりだなとホッとしました。ところが、CTはともかくとして、MRの方が結構つらい検査でした。MR自体は良いのですが、何だか腫瘍の硬さ?弾性?を調べるのだそうで、普通にMRを撮りながら、頭にいろんなパターンの振動を加えるという検査方法でした。これがたまらなくきつかったです。気分が悪くなるとか、頭痛がひどくなるということはありませんでしたが、ボーっとよそ事を考えている余裕もなく、頭を揺さぶられ軽く小突かれ続けるような、何とも嫌な検査でした。 

このMRで、入院一日目の仕事が終了しました。ヘロヘロになりながら病室に戻りました。買ってきた新聞を読もうと思ってもなかなか読めず、ボーっとして残りの時間を過ごしました。消灯後は頭痛が気になり、頓服をもらってもなかなか寝付けず、長い夜を過ごしました。

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2014年10月12日 (日)

退院しました

無事に生還できて良かった!!というのが正直な感想です。

全身麻酔、頭の手術というのが本当に怖かったものですから。これも、執刀してくださったドクター、ベテランの先生に紹介してくださったドックの先生のおかげだと感謝しています。そして密かに、亡くなった父が護ってくれたと信じているんです。  だって術後、夢に父が出てきましたもん。きっと、近くにいてくれたに違いないと思っています。

手術も無事終わり順調に回復しつつあるのですが、10時間以上に渡る手術、術後病棟内しか歩くことが許されなかった入院生活ですっかり体力が萎えてしまいました。たくさん歩けないし、めまいはするし、すぐ疲れるし、あちこち痛いし…。後遺症の手術後の傷の痛みやめまいがしっかり残っているので、まだ無理は利きませんが、少しずつ立っている力、歩く力を取り戻していこうと考えています。 

それと、まだ長時間は無理ですが、パソコンの画面を見ることも耐えられるようになってきたので、入院中のことも少しずつ記事に起こしていきます。

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